銭銀貨を手のひらに載せると、両方の袂に一ツずつ入れて、まぶしい外に出ると、いつもの飯屋へ流れた。
本当にいつになったら、あのこじんまりした食卓をかこんで、呑気に御飯が食べられるかしら。
一ツ二ツの童話位では、満足に食ってゆけないし、と云ってカフェーなんかで働く事は、たわし[#「たわし」に傍点]のように荒んで来るし、男に食わせてもらう事は切ないし、やっぱり本を売っては、瞬間々々の私でしかないのだ。
夕方風呂から帰って爪をきっていたら、画学生の吉田さんが遊びに来た。写生に行ったんだと云って、拾号の風景画をさげて、生々しい絵の具の匂いをぷんぷんたゞよわせていた。
詩人の相川さんの紹介で知った切りで、別に好でも嫌でもなかったが、一度、二度、三度と来るのが重なると、一寸重荷のような気がしないでもなかった。
紫色のシェードの下に、疲れたと云って寝ころんでいた吉田さんは、ころりと起きあがると、
――瞼、瞼、薄ら瞑った瞼を突いて、
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きゅっと[#「きゅっと」に傍点]抉ぐって両眼をあける。
長崎の、長崎の
人形つくりはおそろしや!
[#ここで字下げ終わり]
「こんな
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