い音をたてゝ米をサクサク洗った。雨にドブドブ濡れながら、只一筋にそっとはけて行く白い水の手ざわりを楽しんだ。
六月×日
朝。
ほがらかなお天気だ。雨戸をくると、白い蝶々が、雪のように群れて、男性的な季節の匂いが私を驚かす。
雲があんなに、むくむくもれ上っている。ほんとにいゝ仕事をしなくちゃあ、火鉢にいっぱい散らかった煙草の吸殻を捨てると、屋根裏の一人住いもいゝものだと思えた。朦朧とした気持ちも、この朝の青々とした空気を吸うと、元気になって来る。
だが楽しみの郵便が、七ツ屋の流れを知らせて来たのにはうんざりしてしまった。四円四十銭の利子なんか抹殺してしまえだ!
私は黄色の着物に、黒い帯を締めると、日傘をクルクル廻わして、幸福な娘のように街へ出た。例の通り古本屋への日参だ。
「叔父さん、今日は少し高く買って丁戴ね。少し遠くまで行くんですから……。」
この動坂の古本屋の爺さんは、いつものように人のいゝ笑顔を皺の中に隠して、私の出した本を、そっと両の手でかゝえた。
「一番今流行る本なの、じき売れてよ。」
「へえ……スチルネルの自我論ですか、壱円で戴きます。」
私は二枚の五拾
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