ように青っぽい匂いの流れてくる暗い廊下に、私は瞳にいっぱい涙をためて、初夏らしい、ハーモニカの音を耳にした。
顔いっぱいが、いゝえ体いっぱいが、針金でつくった人形みたいに固くなって切なかったけれど……。
「やあ……。」私は子供のように天真に哄笑して、切ない瞳を、始終机の足に向けていた。
あれから今日へ掛けての私は、もう無茶苦茶な世界への放浪だ。
「十五銭で接吻しておくれよ!」
と、酒場で駄々をこねたのも胸に残っている。
男なんてくだらない!
蹴散らして、蹈たくってやりたい怒に燃えて、ウイスキーも日本酒もちゃんぽん[#「ちゃんぽん」に傍点]に呑み散らした、私の情けない姿が、こうして静かに雨の音を聞きながら、床の中にいると、いじらしく、憂鬱に浮かんで来る。今頃は、風でいっぱいふくらんだ蚊帳の中で、あの女優の首を抱えているであろう……と思うと、飛行船に乗って、バクレツダンを投げてやりたい気持ちだ。
私は宿酔いと、空腹でヒョロヒョロする体を立たせて、ありったけの一升ばかりの米を土釜に入れて、井戸端に出た。
下の人達は皆風呂に出たので、私はきがね[#「きがね」に傍点]もなく、大き
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