めてくれたりした。

 十二時になっても、此店は素晴らしい繁昌で、私は帰るのに気が気ではなかった。
 私とお満さんをのぞいては、皆住込みなので、平気で残った客にたかって、色々なものをねだっている。
「たあさん、私水菓子ね。……。」
「あら私かもなん[#「かもなん」に傍点]よ……。」
 まるで野性の集りだ、笑っては食い笑っては食い無限に時間がつぶれて行きそうで私は焦らずにはいられなかった。

 私がやっと店を出た時は、もう一時近くて、店の時計がおくれていたのか、市電はとっくになかった。
 神田から田端までの路のりを思うと、私はペシャペシャに座ってしまいたい程悲しかった。
 街の灯は狐火のように、一つ一つ消えて、仕方なく歩き出した私の目にも段々心細くうつって来た。
 上野公園下まで来ると、どうにも動けない程、山下が恐ろしくて、私は棒立ちになってしまった。
 雨気を含んだ風が吹いて、日本髪の両鬢を鳥のように羽ばたかして、私はしょんぼり、ハタハタと明滅する仁丹の広告灯にみいっていた。
 どんな人でもいゝから、山下を通る人があったら、道連れになってもらおう……私はぼんやり広小路を見た。
 こんな
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