へ忍んで行っていた。
俺はあの女を泣かせる事に興味を覚えていた。あの女を叩くと、まるで護謨のように弾きかえって、体いっぱい力を入れて泣くのが、見ていてとてもいゝ気持だった。」
二人で縁側に足を投げ出していると、男は灯を消して、七年も連れ添っていた別れた女の話をする。
私は圏外に置き忘れられた、一人の登場人物だ、茫然と夜空を見ていると、此男とも駄目だよ……あまのじゃく[#「あまのじゃく」に傍点]がどっかで哄笑している。
私は悲しくなると、足の裏がかゆくなる。一人でしゃべっている男のそばで、私はそっと、月に鏡をかたぶけて見た。
眉を濃く引いた私の顔が渦のようにぐるぐる廻ってゆく、世界中が月夜のような明るさだったらいゝだろう――。
「ねえ、やっぱり別れましょうよ、何だか一人でいたくなったの……もうどうなってもいゝから一人で暮したい。」
男は我にかえったように、太い息を切ると涙をふきちぎって、別れと云う言葉の持つ一種淋しいセンチメンタルに、サメザメと涙を流して私を抱こうとする。
これも他愛のないお芝居か、さあこれから忙がしくなるぞ、私は男を二階に振り捨てると、動坂の町へ走って出
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