一緒に学校を出たお夏さんのたよりだ。八年間の年月に、二人の間は何百里もへだたってしまった。
お嫁にも行かないで、じっと日本画家のお父さんのいゝ助手として孝行しているお夏さん!
泪の出るようないゝ手紙だ。ちっとでも親しい人のそばに行って色々の話を聞いてもらおう――。
お店から一日ひまをもらうと、鼻頭がジンジンする程寒い風にさからって、京都へ立った。
午後六時二十分。
お夏さんは黒いフクフクとした、肩掛に蒼白い顔をうずめて、むかえに出てくれた。
「わかった?」
「ふん。」
沈黙って冷く手を握りあった。
赤い色のかった服装を胸に描いて来た私にお夏さんの姿は意外だった。まるで未亡人か何かのように、何もかも黒っぽい色で、唇だけがぐいと強よく私の目を射た。
椿の花のように素的にいゝ唇。
二人は子供のようにしっかり手をつなぎあって、霧の多い京の街を、わけのわからない事を話しあって歩いた。
昔のまゝに京極の入口には、かつて私達の胸をさわがした封筒が飾窓に出ている。
だらだらと京極の街を降りると、横に切れた路地の中に、菊水と云ううどんやを見つけて私達は久し振りに明るい灯の下に
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