夜、風呂にはいってじっと天窓を見ていると、キラキラ星がこぼれていた。忘れかけたものをふっと思い出したように、つくづく一人ぼっちで星を見た。
老いぼれた私の心に反比例して、肉体のこの若さよ。赤くなった腕をさしのべて風呂いっぱいに体をのばすと、ふいと女らしくなって来る。
結婚しよう!
私はしみじみとお白粉の匂いをかいだ。眉もひき、口唇も濃くぬって、私は柱鏡のなかの幻にあどけない笑顔をこしらえてみた。
青貝の櫛もさして、桃色のてがらもかけて髷も結んでみたい。
弱きものよ汝の名は女なり、しょせんは世に汚れた私で厶います。美しい男はないものか……。
なつかしのプロヴァンスの歌でもうたいましょうか、胸の燃えるような思いで私は風呂桶の中に魚のようにくねってみた。
二月×日
街は春の売出しで赤い旗がいっぱい。
女学校時代のお夏さんの手紙をもらって、私は何もかも投げ出して京都へ行きたくなった。
――随分苦労なすったんでしょう……と云う手紙を見ると、いゝえどういたしまして、優さしいお嬢さんのたよりは、男でなくてもいゝものだ、妙に乳くさくて、何かぷんぷんいゝ匂いがする。
これが
前へ
次へ
全228ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング