った。
「姉がいますから……。」
こんな事を云ってしまった私は、又いつものめんどくさい[#「めんどくさい」に傍点]気持になってしまった。断られたら断られたまでの事だ。
おっとりした女中が、美しい菓子皿とお茶を運んで来た。
久しくお茶にも縁が薄く、甘いものも長い事口にしなかった。
世間にはこうしたなごやかな家もある。
「一郎さん!」
女主人が静かに呼ぶと、隣の部屋から、息子らしい落ちつきのある廿五六の男が、棒のようにはいって来た。
「この人が来ておくれやしたんやけど……。」
役者のように細々としたその若主人は光った目で私を見た。
私はなぜか恥をかきに来たような気がして、ジンと足が痺れて来た。あまりに縁遠い世界だ。
私は早く引きあげたい気持でいっぱいだった。
天保山の船宿に帰った時は、もう日も暮れて、船が沢山はいっていた。
東京のお君ちゃんからのハガキ一枚。
――何をぐずぐずしているの、早くいらっしゃい。面白い商売があります。――どんなに不幸な目にあっていても、あの人は元気がいゝ。久し振に私もハツラツとなる。
一月×日
駄目だと思っていた毛布問屋に務める事にな
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