、ピカソの画を論じ槐多の詩を愛していた。

 これでもかッ! まだまだ、これでもかッ! まだまだ、私の頭をどやしつけている強い手の痛さを感じた。
 どっかで三味線の音がする。私は呆然と座り、いつまでも口笛を吹いていた。

 一月×日
 さあ! 素手でなにもかもやりなおしだ。

 市の職業紹介所の門を出ると、私は天満行きの電車に乗った。
 紹介された先は毛布の問屋で、私は女学校卒業の女事務員、どんよりと走る街並を眺めながら、私は大阪も面白いなと思った。
 誰も知らない土地で働く事もいゝじゃないか、枯れた柳の木が腰をもみながら、河筋にゆれている。
 毛布問屋は案外大きい店だった。
 奥行きの深い、間口の広いその店は、丁度貝のように暗くて、働いている七八人の店員達は病的に蒼い顔をして、急がしく立ち働いていた。
 随分長い廊下だった。何もかにもピカピカと手入れの行きとゞいた、大阪人らしいこのみ[#「このみ」に傍点]のこじんまりした座敷に私は始めて、老いた女主人と向きあった。
「東京から、どうしてこっちゃいお出でやしたん?」
 出鱈目に原籍を東京にしてしまった私は、一寸どう云っていいかわからなか
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