お泊り宿の行灯を見ると、不意に頭をどやしつけられたようにお母さんがいとしくなって、私はかたぶいた梟の瞳のような行灯をみつめていた。

「寒いのう……酒でも呑まんかいや。」
 茶の間で母と差しむかいで、一合の酒にいゝ気持ちになって、親と云うものにふと気がついた。親子はいゝな、こだわりのない気安さで母の多いしわ[#「しわ」に傍点]を見た。
 鼠の多い煤けた天井の下に、又母を置いて去るのは、いじらしく可哀想になってしまった。
「あんなもん、厭だねえ。」
「気立はいゝ男らしいがな……」
 淋しい喜劇!
 東京の友達がみんな懐しがってくれるような手紙を書こう。[#地から2字上げ]――一九二八・一二――
[#改ページ]

   古創

 一月×日
[#ここから2字下げ]
海は真白でした
東京へ旅立つその日
青い蜜柑の初なりを籠いっぱい入れて
四国の浜辺から天神丸に乗りました。

海はきむずかしく荒れていましたが
空は鏡のように光って
人参灯台の紅色が瞳にしみる程あかいのです。
島でのメンドクサイ悲しみは
すっぱり捨てゝしまおうと
私はキリのように冷い風をうけて
遠く走る帆船をみました。

一月の白
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