けた広い台所には鰯を焼いている母と私と二人きり。
あゝ田舎にも退屈してしまった。
「お前もいゝかげんで、遠くい行くのを止めてこっちで身をかためてはどうかい……お前をもらいたいと云う人があるぞな……。」
「へえ……どんな男!」
「実家は京都の聖護院の煎餅屋でな、あととりやけど、今こっちい来て市役所へ務めておるがな……いゝ男や。」
「………………。」
「どや……」
「会うてみようか、面白いな。」
何もかもが子供っぽくゆかいだった。
田舎娘になって、おぼこらしく顔を赤めてお茶を召し上れか、一生に一度はこんな芝居もあってもいゝ。
キイラリ キイラリ、車井戸のつるべを上げたりさげたりしていると、私も娘のように心がはずんで来る。
あゝ情熱の毛虫、私は一人の男の血をいたちのように吸いつくしてみたいような気がする。
男の肌は寒くなると蒲団のように恋しくなるものだ。
東京へ行こう!
夕方の散歩に、いつの間にか足が向くのは駅。駅の時間表を見ていると涙がにじんで来る。
十二月×日
赤靴のひもをといてその男が上って来ると、妙に胃が悪くなりそうで、私は真正面から眉をひそめてしまった。
「
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