おきなされ
よひの浜風ア身にしみますで
夜サは早よからおやすみよ……。
[#ここで字下げ終わり]

 やっぱり旅はいゝ。あの濁った都会の片隅でへこたれ[#「へこたれ」に傍点]ているより、こんなにさっぱりした気持になって、自由にのびのび息を吸える事は、あゝやっぱり生きている事もいいなと思う。

 十二月×日
 真黄ろに煤けた障子を開けて、ボアッボアッと消えてはどんどん降ってる雪をじっと見ていると、何もかも一切忘れてしまう。
「お母さん! 今年は随分雪が早いね。」
「あゝ」
「お父さんも寒いから難儀しているでしょうね。」
 北海道に行ってもう四ヶ月あまり、遠くに走りすぎて商売も思うようになく、四国へ帰るのは来春だと云う父のたよりが来てこっちも随分寒くなった。
 屋並の低い徳島の町も、寒くなるにつれ、うどん屋のだしを取る匂いが濃くなって、町を流れる川の水がうっすらと湯気を吐くようになった。
 泊る客もだんだん少くなると、母は店の行灯へ灯を入れるのを渋ったりした。
「寒うなると人が動かんけんのう……。」

 しっかりした故郷をもたない私達親子三人が、最後に土についたのが徳島だった。女の美しい、
前へ 次へ
全228ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング