た男や女の顔が、一ツ一ツ白い雲の間からもれもれと覗いて来る。
あんまり昨日の空が青かったので、久し振りに、故里が恋しく、私は無理矢理に汽車に乗ってしまった。
今朝はもう鳴門の沖だ。
「お客さん! 御飯ぞなッ!」
誰もいない夜明けのデッキの上に、さゝけた私の空想はやっばり故里へ背いて都へ走っていた。
旅の故里ゆえ、別に錦を飾って帰る必要もないのだったが、なぜか佗しい気持でいっぱいだった。
穴倉のように暗い三等船室に帰って、自分の毛布の上に座ると丹塗りのはげた、膳の上にヒジキの煮たのや味噌汁があじけなく並んでいた。
薄暗い灯の下に大勢の旅役者やおへんろ[#「おへんろ」に傍点]さんや、子供を連れた漁師の上さんの中に混って、私も何だか愁々とした旅心を感じた。
私が銀杏返しに結っているので、「どこからお出でました?」と尋ねるお婆さんもあれば、「どこまで行きやはりますウ……。」と問う若い男もあった。
二ツ位の赤ん坊に添い寝していた、若い母親が、小さい声で旅の故里でかつて聞いた事のある子守唄をうたっていた。
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ねんねころ市
おやすみなんしよ
朝もとうから
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