た。

 十二月×日
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風が鳴る白い空だ
冬のステキに冷い海だ
狂人だってキリキリ舞いをして
目のさめそうな大海原だ
四国まで一本筋の航路だ

毛布が二十銭お菓子が十銭
三等客室はくたばりかけたどじょう鍋のように
ものすごいフットウだ

しぶきだ雨のようなしぶきだ
みはるかす白い空を眺め
十一銭在中の財布を握っていた。

あゝバットでも吸いたい
オオ! と叫んでも
風が吹き消して行くよ

白い大空に
私に酢を呑ませた男の顔が
あんなに大きく、あんなに大きく

あゝやっぱり淋しい一人旅だ!
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 腹の底をゆするような、ボオウ! ボオウ! と鳴る蒸汽の音に、鉛色によどんだ小さな渦巻が幾つか海のあなたに、一ツ一ツ消えて唸りをふくんだ冷い十二月の風が、乱れた私の銀杏返しの鬢を、ペッシャンと頬っぺたにくっつけるように吹いてゆく。
 八ツ口に両手を入れて、じっと自分の乳房をおさえていると、冷い乳首の感触が、わけもなく甘っぽく涙をさそってくる。
 ――あゝ、何もかにもに負けてしまった!
 東京を遠く離れて、青い海の上をつっぱしっていると、色々に交渉のあっ
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