よ。」お上さんは声をとがらして、梯子段を上って来る。
 あゝ何もかも、一切合財が煙だ。砂だ、泥だ。私はエプロンの紐を締めなおすと、陽気に唄をくゝみながら、海底のような階下の雑音《おと》へ流れて行った。

 七月×日
 朝から雨。
 造ったばかりのコートを貸してやった女は、とうとう帰って来なかった。一夜の足留りと、コートを借りて、蛾のように女は他の足留りへ行ってしまった。
「あんた人がいゝのよ、昔から人を見れば泥棒と思えって言葉があるじゃないの。」
 八重ちゃんが、白いくるぶし[#「くるぶし」に傍点]を掻きながら私を嘲笑っている。
「ヘエ! そんな言葉《あれ》があったのかね。じゃ私も八重ちゃんの洋傘《パラソル》でも盗んでドロンしちゃおうかなア。」
 私がこう言うと、寝ころんでいた、由ちゃんが、「世の中が泥棒ばかりだったら痛快だわ……。」
 由ちゃんは十九、サガレンで生れたのだと云って白い肌が自慢だった。八重ちゃんが肌を抜いでいるかば[#「かば」に傍点]色の地に、窓ガラスの青い雨の影が、キラキラ写っている。煙草のけむり、女の呆然《けむり》。
「人間ってつまらないわね。」
「でも木の方がよっ
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