みなそれだ
ああ、ああ、ああ、

切りつけろそれらに
とんでのけろ、はねとばせ
私が何べん叫びよばった事か、苦しい、
血を吐くように芸術を吐き出して狂人のように踊りよろこぼう。
[#ここで字下げ終わり]

 槐多はかくも叫びつゞけている。こんなうらぶれた思いの日、チェホフよ、アルツイバァセフよ、シニツラァ、私の心の古里を読みたい。働くと云う事を辛いと思った事はないが、今日ほど、今こそ字がなつかしい。だが今は皆お伽話の人だ。
 薄暗がりの風呂敷の中に、私は直哉の和解[#「和解」に傍点]を思い出した。
 こんなカフェーの雑音《おと》に巻かれると、日記をつける事さえ、おっくうになって来る。
 まず雀が鳴いているところ、朗らかな朝陽がウラウラ光っているところ、陽にあたって青葉の音が色が、雨のように薫じているところ……槐多ではないが、狂人のように、一人居の住居が、イマ! イマ! 慾しくなった。
 十方空しく御座候だ! 暗いので、只じっと瞳をとじている。
「オイ! ゆみちゃんはどこへ行ったんだい!」階下でお上さんが呼んでいる。
「ゆみちゃん居るの……お上さんが呼んでゝよ。」

「歯が痛いから寝
前へ 次へ
全228ページ中182ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング