いと思いました。」
沈黙っている二人の耳に、ワアンワアン喚声が聞える。
「今晩町の芝居小屋で、職工達の演説があるから、一寸のぞいてみなくては……。」男は、自分の腕時計を床の上に投げると、そゝくさと町へ出てしまった。
私は、ぼんやりと部屋で、しゃっくり[#「しゃっくり」に傍点]を続けながら、高価な金色の腕時計を、そっと腕にはめてみた。涙がダボダボあふれた。
東京で苦労した事や、裸で門を壊していた昼間の職工達の事が、グルグルして、時計の白い腹を見ていると目が廻りそうだった。
六月×日
宿の娘と連れだって、浜を歩く、今日で一週間になる。
「くよくよおしんな。」私は何もかもメンドくさくなって、呆然としていると、宿の娘は心配してくれる。
何も考えてやしない。何も考えようがない。
昨日は東京のお母さんへ電報ガワセを送ったし、私はこうして海の息を吸っているし、男がハラハラしようとしまいと、それはお勝手。私から何もかもむさぼり取った男なんだから、此位のコワガラセが何だろう。――尾道の海辺で、波止場の石垣に、お腹を打ちつけては、あの男の子供を産む事をおそれたが、今日はいじらしいお伽話だ。
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