。夜になつて戻つて來た妙子は、うかない顏つきで、
「お父さん、宮内さん駄目よ。あのひと、變なひとだわ……年下の好きなひとがあつたンですつて、急に何とも云はないで、横須賀へ行つちやつたンだつて……そのひとゝは一緒にゐないンだつて……でもね、宮内さん、お父さんの話は氣が變つたのよ。どうも、調子がよすぎるとは思つたけど、あの位の女のひとは、かへつて、娘よりもあつかひにくいものだつて河邊さんのをぢさん云つてたわ。迷ひの深いひとは、貰つてもお父さんが不幸だつて思つたから、私、お父さんもあきらめるでせうから、ことわつておいて下さいつて云つてきたの。をぢさん、またいゝひとがみつかつたらお世話しますつて、明日あたりうかゞふつて云つてましたわ」
 隆吉は内心おだやかではなかつた。すつかり貰ふつもりで、愉しい夢を描いてゐた。鷄も二羽とも店につかふつもりで、新しい妻の寢ざめの心づかひまでしてゐた自分の氣持がみじめになつて來た。粗末な木口ではあつたが、木の香の匂ひが、いまでは不安をさそふ匂ひは[#「匂ひは」はママ]かはつた。

 隆吉は、亮太郎にきいた横須賀の宮内の住居を尋ねてみべるく、思ひきつて、今日は東京
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