驛まで來たのであつたが、幾度となく出這いりしてゐる電車や汽車のものすごい音に氣持が重く屈して來るのを感じた。
 はずみ[#「はずみ」に傍点]だけで、この老人をつかまへて見合ひをさせられたのはやりきれない事だが、いまさら女を追つたところで、詮もないことであるに違ひない……。
 暫くホームに立つて、賑やかな乘り降りの人の群をみてゐると、隆吉はしみじみと孤獨を感じた。いまさら實盛氣取でもあるまい。
 このまゝ居酒屋崩浪亭の親爺で終ることもいゝではないかと、ふつと四圍をみ廻した。十一月の寒々とした氣配が、かうした草木のない驛のなかにも、ひそやかにたゞようてゐる。
 乘る人降りる人、みなそれぞれに營みがある。隆吉は、また、明日から.鷄の時を告げる聲をきかなければならないだらう。それも亦まんざら愉しくない事はない……。
 人間の心と云ふものは、いつまでたつても、かうしたはずみ[#「はずみ」に傍点]を食つてどうにもならぬほど氣持を追ひつめる時があるものだと、隆吉は人生五十年の自分の年齡の、燭火の佗しさに思ひ到り、冷たくなつた靴のさきをふみしめて省線のホームの方へ降りて行つた。
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