つたンだけど、奧さんは死んぢやつて、女の子は親類へあづけてあるンだつて、アパートに獨りでゐるのよ。この近くなの……年は三十五ですつて……でもとても若く見えるひとなのよ。何處かお父さんの若い時に似てるひとよ」
 隆吉はをかしくなつて眼をつぶつた。なるほど、わが娘ながら大したものである。躯の關係があるのかないのか、いゝ年をしてたづねてみるのもきまりが惡かつたけれども、そこまで話がついてゐる以上は、只事ではないにきまつてゐる。死んだと思へと云はれてみると、それもさうだと、隆吉は辛かつた。一年あまりの滿洲での苦勞を思ひ出さずにはゐられない。
「始めは口の惡いひとで、おこりつぽい人だつたンだけど、いまでは心の優しい人だつて判つたのよ。――お父さんをいゝひとだつて云つたわ。とても純情で、このごろは私の云ふとほりになるの……」
 ほゝう……隆吉はまた眼を開けて天井を見た。小袋と小娘は油斷がならぬとはよく云つたものだと、その時期が來れば、自然に花粉を呼ぶしくみになつてゐる人間の世界が隆吉には面白くもある。娘と二人きりで働き、時時は昔がたりをして世をはかなむ愚はもうやめた方がよいのであらう。妙子は妙子な
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