がした。いゝところと無雜作に云はれてみると、隆吉は、急に、妙子をあて[#「あて」に傍点]にして來てゐるやうな客の顏が浮んだ。
 あれでもない、これでもないと、一人々々のなじみの客を思ひ浮べてみる。いつたい、いゝところと云ふのは何處の誰のところであらうか……。不意にむほん[#「むほん」に傍点]をおこされたやうで、隆吉はしやくぜん[#「しやくぜん」に傍点]としない。
「學校の友達にでも遇つたのかね」
 わざと逆手を考へて、隆吉が天井をむいたまゝたづねた。大きな物音で鼠がさわぎたててゐる。この界隈は馬鹿に鼠の多いところで、晝間でも平氣で臺所なぞに現はれて來る。
「うゝん、女のひとぢやないの、男のひとなのよ」
「ふうーん」と隆吉は唸つた。
 まだ子供だと思つてゐた年頃が、急にぐつと大人になりすました感じである。
「誰だ? 店に來るひとかね?」
「一度きりしか來ないのよ。滿洲にゐたひとなの……道であつたの……」
「たつた一度や二度遇つて、お前に來いと云ふのか?」
「あら、もう、妙子、何度も遇つてゐるのよ。昨日も一緒に遊んだのよ」
 なるほど云はれてみると、連日のやうに、何處かに出掛けてゐなくなる
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