ては來なかつた。
 見合ひをして、ものの十日もたゝぬうちに、妙子に灰色のスーツに、ピンクのブラウスが宮内はなのところからとどけられて來た。スーツの布地は隆吉が同じマアケツトの店からみたてて割合安く買つておいたものであつたが、ピンクの、デシンのブラウスは宮内はなの心づかひであつたので、妙子よりも隆吉はその贈物に心をときめかせるありさまで、縫賃も取らないと云ふ、まことに有難いほどな心意氣であつてみれば、もう、一瀉千里な氣特にならずにはゐられない。
 或る夜の、親子の寢物語りに、隆吉は、それとなく、亮太郎からの話だがねと、宮内はなとの縁談を妙子に話してみた。妙子は一寸眞生目な表情で父を見てゐたが、ふつと、唇邊にうす笑ひを浮べて、
「私、お父さんの幸福になる事なら何でもいいと思ふわ。でも、私一人でこゝに留守番するの厭よ。――私が、何處からか通つて來ていけないかしら……」と云つた。
「通ふつて、何處から通ふンだい?」
「うん、私、いゝところあるのよ。此間から、私、そこへ行きたいと思つてゐたンだけど、お父さんが叱ると思つて默つてゐたのよ……」
 いゝところがあると云はれて、隆吉は何とも云へない氣持
前へ 次へ
全21ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング