隆吉は惡い氣はしなかつた。
宮内はなは信州の生れで、現在は、姉一人のみよりだけで、いまは、大家族の姉の家にやつかいになつてゐるのださうである。結婚の相手でもみつかれば、何とか早く越してしまはなければならぬと云ふありさまで、越すにしても、ミシンを二臺に、身のまはりのものも多少はあると云ふので、まさか隆吉のバラツクのやうなところにいれるわけにゆかないであらう。亮太郎の話によれば、
「何も君、折角の縁だもの、このへんにかつかうの部屋をみつけて、君達だけ越すのさ。妙子さんは、店へあのまゝ留守番に置いとけばいゝだらう」と云ふのであつた。
「さうもゆかないよ。まだ、何ていつても子供だもの、あぶないからね」
すると亮太郎はからからと笑つて、
「妙子さんなら、君よりも大丈夫だ。とても悧巧者で、ちやんとやつてゆけるよ。何なら、僕から云つてもいゝがね……」
亮太郎は一日も早くまとめたい風な樣子である。
隆吉は迷はないわけにはゆかなかつた。妙子と今日まで辛苦をともにして來てゐながら、いまさら、自分の幸福だけを考へるのも、殘酷なやうな氣がして來る。妙子は相變らず元氣で、父親のさうした惱みには少しもふれ
前へ
次へ
全21ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング