は持参しなかったけれども、転々と持ちあるいて黄色くなった私の詩稿を先生にお見せした事があります。(これはまるでつくりごとのようだけれども)私の詩集を読んで眼鏡《めがね》を外《は》ずして先生は泣いていられました。私はその時、先生のお家で一生女中になりたいと思った位です。たった一言「いい詩だ」と云って下すったことが、やけになって、生きていたくもないと思っていた私を、どんなに勇ましくした事か……、私はうれしくて仕方がないので、先生のお家の玄関へある夜|西瓜《すいか》を置いて来ました。あとで聞いたのだけれどもいつか徳田先生と私と順子さんと、来合わしていた青年のひとと散歩をしてお汁粉《しるこ》を先生に御馳走になったのですが、その青年のひとが窪川鶴次郎《くぼかわつるじろう》氏だったりしました。私はひとりになると、よく徳田先生のお家へ行ったし、先生は、御飯を御馳走して下すったり落語をききに連れて行って下すったりしました。先生と二人で冬の寒い夜、本郷丸山町の深尾須磨子さんのお家を訪ねて行ったりして、お留守であった思い出もあるのですが、考えてみると、私を、今日のような道に誘って下すったのは徳田先生のよう
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