ひとりで東京へ舞い戻って来ました。セルロイド工場の女工になったり、毛糸店の売子になったり、或る区役所の前の代書屋に通ったりして生活していましたが、友人の紹介で、田辺若男《たなべわかお》氏を知りました。松井須磨子《まついすまこ》たちと芝居をしていたひとです。私は、間もなく、この田辺氏と結婚しました。同棲二、三ヶ月の短い間でありましたが、私はこの結婚生活の間に、田辺氏の紹介で詩を書く色々な人たちに逢いました。萩原恭次郎《はぎわらきょうじろう》氏とか壺井繁治《つぼいしげじ》氏、岡本潤《おかもとじゅん》氏、高橋新吉《たかはししんきち》氏、友谷静栄《ともやしずえ》さんなど、みんな元気がよくて、アナアキズムの詩を書いていました。夏の終り頃、田辺氏に去られて、私は友谷静栄さんと「二人」と云う詩の同人雑誌を出しました。いまその「二人」が手許《てもと》にないのでどんな詩を書いていたのか忘れてしまったけれども、なかでもお釈迦《しゃか》様と云うのを辻潤《つじじゅん》氏が大変讃めて下すったのを記憶しています。――本郷の肴町《さかなまち》にある南天堂と云う書店の二階が仏蘭西《フランス》風なレストランで、そこには
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