の乗っている銀色のバスが通っているけれども、いまだに昔と変らないのは、町じゅうが魚臭《さかなくさ》いことだ。その匂《にお》いを嗅《か》ぐと母親を連れて来てやればよかったとおもった。だが、あんまり町が立派になっているので、歓びがすぐ失望にかわって行ってしまう。町では文房具屋にかたづいている友達を尋ねてみた。もう四人もの子もちだった。
「まア! 誰かとおもえば、あんたですかの、どうしなさったんなア、こんなにとつぜんで、ほんまに、びっくりしやんすが喃《のう》」
そう云って、その友達は、白粉《おしろい》の濃い綺麗な顔で、店の暗い梯子段《はしごだん》を降りて来た。――わたしは海添いの旅館に宿をとった。障子を開けると、てすり[#「てすり」に傍点]の下が海で、四国航路の船が時々汽笛を鳴らして通っている。向島のドックには色々な船が修理に這入っていた。鉄板を叩《たた》く音が、こだまして響いて来る。なごやかに景色に融けた気持ちであった。ひそかな音をたてて石崖に当る波の音もなつかしかった。てすり[#「てすり」に傍点]に凭れて海を見ていると、十年もの歳月が一瞬のように思えて仕方がない。この宿屋に泊るのに、金
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