町《もとちょう》のお波さんへ電話をかける。正月大阪へ来た折に文楽の人形を頼んでおいたのが出来たかどうか。首がまだついていないけれども、衣装が美しいから早く見せたいと云う返事だった。「そんなら、神戸の帰りに寄りますけど、それまでには出来てる?」と訊《き》くと、あんじょう出来てますと云う返事なので、わたしはすぐ雨の中を神戸へ行き、窪川鶴次郎《くぼかわつるじろう》氏、渡辺順三《わたなべじゅんぞう》氏たちと逢い、啄木の講演を済ませて神戸の諏訪山の宿へ二泊して、十四日に尾道《おのみち》へ発《た》って行った。ふと、海がみたくなったからだ。汽車が駅々へ着くたび昔聞き馴れた田舎《いなか》言葉がなつかしく耳に響いて来る。わたしはさまざまな記憶で落ちついていられなかった。歓《よろこ》びで、胸がはずんでいた。幼い日の女友達に逢いたいとおもった。もう女学校を卒業して十年以上になるのだから、その人たちはみんな奥さんになって、子供があるに違いない。

      *

 尾道の駅には昼すぎて着いた。新らしい果物屋、新らしい自動車屋、新らしい桟橋《さんばし》、何か昔と違った新鮮な町に変っていた。道も立派になり女車掌
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