にはどんな歌がいいだろうと、わたしはトランクから啄木歌集を出してあっちこっちめくってみた。

[#ここから2字下げ]
百年《ももとせ》の長き眠りの覚めしごと
※[#「口+去」、第3水準1−14−91]呻《あくび》してまし
思ふことなしに

山の子の
山を思ふがごとくにも
かなしき時は君をおもへり
[#ここで字下げ終わり]

 こんな歌が眼にはいった。辛《つら》くなるような気持ちだった。一条大宮と云う処はどんな処なのだろう。羅生門《らしょうもん》と云う芝居を見ると、頭に花を戴いた大原女《おはらめ》が、わたしは一条大宮から八瀬《やせ》へ帰るものでござりますると云う処があったが、遠い昔、一条大宮と云う処はわたしになつかしい人の住んでいた町の名であった。懶《ものう》いので横になって啄木を読む。

[#ここから2字下げ]
空知川《そらちがわ》雪に埋《うも》れて
鳥も見えず
岸辺の林に人ひとりゐき
[#ここで字下げ終わり]

 むかし空知の滝川と云う町にわたしも泊ったことがある。旅空でこんな歌を読んでいると、夙《とう》から旅にいるような気持ちだ。
 十二日は朝から雨だった。紫竹桃《しちくもも》の本
前へ 次へ
全16ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング