が合っても娘さんはにこりともしない。よっぽど考えることがあったのだろう。小さい鏡を出して髪かたちを調《ととの》えると、また昨夜のようにトランクに肘《ひじ》をついて鼻をすすっていた。

      *

 わたしは京都へ降りた。二等車からも、外国人が四、五人降りて来ていた。わたしは赤帽がみつからなかったので、ホームへ降ろしたトランクをさげて歩み出すと、「ヴァラ」と云って、わたしの小さい蝙蝠傘《こうもりがさ》を背の低い男の外国人がひろってくれた。「メェルスィ・ビヤン!」そう応《こた》えて、わたしは思わず顔の赧《あか》くなるような気持ちを感じてたじたじとなってしまった。巴里《パリ》にいたとき、何度かこんな片言《かたこと》を云っていたが、京都でこんな言葉を使うとはおもいもよらないことだ。関西に住み馴れた仏蘭西《フランス》人なのだろう。橋を渡ってさっさと改札口へ行った。同じ席にいた鼻をすする娘さんも京都で降りてわたしの横を改札口の方へ歩いて行っている。
 朝なので、駅の前はしっとりしていて気持ちがよかった。ホテルの旗をたてた人力車が何台もならんでいたりする。東京駅には人力車なんてなかったが、京都
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