、なかなか寝つかれなかった。阿部ツヤコさんの三等寝台の随筆を読むと、近所同士がすぐ仲よくなれて愉《たの》しそうだったけれども、わたしの三等寝台はとっつきばのない近所同士だった。熱海《あたみ》あたりで眼が覚めると、前の娘さんは帯をといて寝巻きに着替える処《ところ》だった。羽織と着物を袖《そで》だたみにして風呂敷に包むと、少時わたしの寝姿を見ていて横になった。
(どの辺かしら)わたしはひとりごとを云ってちょっと起きあがってみたが、娘さんは黙ったまま湿ったようなハンカチを顔へあてて鼻をすすっている。二階の寝台からは縄のようになったサスペンダーと、大きな手がぶらさがっている。気になってなかなか寝つかれなかった。ポーランドの三等列車にどこか似ている。――朝眼が覚めたのは大垣《おおがき》あたりだった。娘さんは床の上へハンカチを落してよく眠っていた。昨日は灯火《あかり》が暗くてよく分らなかったけれども、本当に泣いたのだろう、瞼《まぶた》が紅《あか》くふくらんでいた。顔を洗いに行って帰って来ると、娘さんは起きて着物を着替えていたが、わたしの上の寝台からは、まだサスペンダーがぶらさがっている。娘さんと眼
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