る。赤い筋のある帽子が遠くから蛍《ほたる》のように見えた。三ツ庄へ着いて親類の家へ行くと、子供も誰もいなくて、若夫婦が台所の土間で散髪をしていた。小さい犬がわたしの膝《ひざ》へ飛びあがって来た。髪を刈りかけて、若夫婦は吃驚《びっくり》して走って来た。
「とつぜんぞやがのう、どうしたんなア、わしゃ、誰かおもうて吃驚したが喃《のう》」
尾道でも同じようなことを言われたと云って、わたしは、犬と一緒に庭の中をあっちこっち歩いてみた。
「そりゃアまア、よう来てつかアさった。えっとまア御馳走しやすんで、ゆっくりしとってつかさい喃」
若い主婦は何からしていいかと云う風に、立ったり坐ったりしている。いかなご[#「いかなご」に傍点]、まて貝[#「まて貝」に傍点]、がどう[#「がどう」に傍点]、そんなものを煮て貰ってたべた。田舎の味がして舌に浸《し》みた。遠くの荒物屋へ風呂を貰いに行って、子供たちとかえりに海へ行ってみた。あんまり森《しん》とした海なので、まるで畳のようだと云うと、子供がこんな黄昏《たそがれ》を鯛なぎ[#「鯛なぎ」に傍点]と云うのだと教えてくれた。鯛が入江へ這入って来る頃は、海が森となぎ[#「なぎ」に傍点]て来るのだと云っていた。小波《さざなみ》の上を吹く風の音さえ聞《きこ》えそうに静かな海だった。夜になると、この辺の船は、洋灯をつけていたが、いまもそうなのだろうか。――島へ来て島の人たちの生活を見ていると、都会の生活とは何のかかわりもないのだ。漁師は漁をし、子供は学校へ行き、百姓は土地をたがやすのに忙《せ》わしいし、造船所の職工は職工で朝から夜まで工場だし、一軒しかない芝居小屋も幾月となく休みだと云うことだ。学校帰りの子供がつくし[#「つくし」に傍点]を沢山とって帰っている。何時《いつ》の日か金の値うちがなくなり、田舎をたよりにしないと誰が云えよう。そう云う暮らしに早く帰って来たいとおもった。自分で食べるものをつくって暮らすのは愉しいことだろうとおもった。地酒をよばれ一泊して尾道へ帰った。
*
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学校の図書庫の裏の秋の草
黄なる花咲きし
今も名知らず
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尾道では女学校の庭へも私は行ってみた。女学校には図書庫はないけれど、講堂の裏に、小さい花畑があり猫塚があったりした。そこには小さい花が沢山咲いていた
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