に退屈を感じませぬ。いまにホウホケキヨなんて鶯みたいに鳴き出すからつて、離れてゐる[#「離れてゐる」はママ]小学校の先生が憎まれ口をきくのですが、魚は鱗を見ただけでもぞつとする私には、まるでお伽話の世界です。
 この谷間では、お百姓よりもお坊さんが大変威張つてゐます。
「先生とお坊さんとどつちが豪いの?」
 村の子供に聞くと、坊さんの方が上だらうつて。それなのに、お坊さんは朝から晩まで村長さんとお酒を呑んでゐます。こゝの村長さんは大酒飲みで、馬の品評会でぶつたふれたといふ酒豪です。
 この家の娘さんは私より一ツ上の十八ですが、もうこの月末には川下の曼陀羅寺へお嫁入りして行くのです。非常に髪の黒い瞳の涼しいひとで、蕎麦の花のやうに可憐な女です。離れの小学校の先生は、西洋占ひをつくつて、
「九月の花嫁は、美人で愛情あり、人に好かるべし、なれど縁薄くして末不幸なり。おい、おくにさん、まづもつて、九月の花嫁となるなかれだね」
 何だか変におくにさんを厭がらせるのですが、おくにさんも、お寺のせゐかあまり気が進まないらしく、妙にぼんやりして可哀さうです。
 こゝのお婆さんは、大勢な貴女のお家の台所
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