谷間からの手紙
林芙美子
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)くれ/″\も
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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第一信
まるで、それは登山列車へでも乗つてゐるやうでありました。トンネルを抜けるたび、雲の流れが眼に近くなつて、泣いたあとの淋しさを感じてゐます。
「貴女のいらつしやる町はあれなンでせうね」
さう言つて、東京から一緒だつた兵隊さんが、谷間に見える小さい部落を指さします。まるで、子供の頃見たパノラマのやうに、森や、寺や、川や、学校がチンマリとして、農家の小さい庭には木槿や百日紅、をどりこ草、黄蜀葵、サルビヤなどが盛りで、あんなに東京を離れることを淋しがつてゐた私も、まづ、こゝろ長閑になりました。
汽車はがら空きです。貴女が楽しみにして食べるのよつて下すつた、犬のチヨコレートを、ちよいちよい嘗めてゐるうちに前の兵隊さんが、私の足の甲をそつと踏みます。額だけが、まるで白粉を塗つたやうに白くて、肩が板の
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