やうなガンヂヤウなこの兵隊さんは、私をいつたいいくつだと思つてゐるのでせう。
「これ‥‥」
 さう言つて、富士山の模様の風呂敷から、萄葡と固パンを出して私の膝に載つけましたので、私はチヨコレートの犬の尻つぽをお返しにしました。すると、兵隊さんは、その犬の尻つぽをひと口に頬ばつて、私の足をきつと踏みました。
「痛いわ!」
 さう小さい声で言つたんですけど、兵隊さんはまるで赤い地図のやうに首筋から血を上せて、顔をあかくしました。
 谷間へ行く駅へ降りたのは私がたゞひとり、兵隊さんはいつまでも汽車の窓から帽子を振つてくれました。山の駅には、登山帰りの学生が三人、軽いリユツクサツクを背負つて、東京行きの汽車の来るのを待つてゐました。
 私は、バスケツトだの、風呂敷包だの三ツも荷物を持つてゐましたので、その学生の人達に、自動車でもあるでせうかと聞いてみました。
「まだ四時だから、谷間へ行く乗合が出るでせう」
 さう言つて、何だか変に顔を歪めて、私の顔を見るとクスリと笑ひました。するとあとの二人も、私の顔を見てクスクスと笑ふのです。私は悲しくなつて、貴女とお別れしたときの涙が、またポロポロとこぼれ
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