は尻からげになつて、何丁かぽくぽく私といつしよに歩いてきました。
 こゝは、實に素朴な風景です。村へ降りて行く石の段々の上に立つて、村の屋根を見てゐるとナポリの漁師町と似たところがあつて、とても、心愉しいものでした。
 太格子《ふとがうし》の障子の裏からは眠たげな女の聲で大島節が聞えて來て、雨の中ながら、四人ともたちどまつて聽いたものです。
「こゝには繪描きさんがよく見えます」と運轉手が云つてゐましたが、晴天の日の此岡田村の風景を空想したゞけでも描きたくなりませう。
 一泊のつもりならば、元村なぞに泊るよりも長驅して此岡田村に來た方がいゝと思ひます。
 マチィスの描いたやうななぎさ[#「なぎさ」に傍点]のきはに、岡田[#「岡田」に傍点]と云ふ宿屋があります。二階の雨戸をあけると眼の下が海と砂濱で、眉に迫つて乳ヶ崎の半島が突き出てゐて、こゝへ來て始めて大島へ來た感じでした。
「何でもいゝから御飯をたべさせて下さい」
わざと、元村で食事して來なかつたので、時間はづれの一人前の晝食を頼むと、「しけ[#「しけ」に傍点]で何にもないのですが」と云つて、それでも、島の宿らしい簡素な膳をとゝのへてく
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