二信

 夜の元村は只波の音だけの靜けさで、これだけは大變いゝ。まだ村の百姓家では洋燈《ランプ》に灯を入れてゐるところなぞもありました。
 港近くには、小さな寫眞屋や、呉服屋や、床屋なぞがあつて、昔の東京場末のやうな感じもします。
 明日は亦雨なのでせう。風が水氣をふくんで障子に當ります。靴で山を走るやうに下つて來たので、まるで脚が棒のやうでした。

 朝。
 ざんざ降りです。これでは何としても動きやうがないので、障子を開けてみるのですが、犬小屋があるきり、椿も山櫻も咲きゝつてゐるのでせうが、座敷からは、庭の土が見えるだけなので箱火鉢のそばに地圖を擴げて東へ一里二十丁程ある岡田村へ行く計畫をたてゝみました。雨が小降りになるまでと、二階の方達と五目並べなぞしてゐると、丁度|徒爾《たいくつ》で困つてゐる三人連れの中年の御婦人があつたので、その三人の女の方を誘つて、岡田村まで大きな箱自動車で出掛けました。
 三人共銀行家の奧さんとかで中年の方達だけにひどくくだけてしまつて、岡田村のつかのもと[#「つかのもと」に傍点]と云ふ終點に着いた時、ざんざ降りの雨の中を此三人の女のひとたち
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