大島行
林芙美子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)咋夜《ゆうべ》から

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)丁度|徒爾《たいくつ》で

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「すりばち」に傍点]
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    一信

 思ひたつた旅ながら船出した咋夜《ゆうべ》から今朝にかけて、風雨激しく、まぢかく大島の火の山が見えてゐながら上陸が仲々困難でした。本當は、夜明けの五時頃にはもう上陸が出來るはずなのに、十時頃までも風力の激しい甲板の上に立つて、只ぢつと島裾を噛んで行く、白い波煙を見てゐるより仕方もありませんでした。
 遠くから見るとまるで洗つたすりばち[#「すりばち」に傍点]を伏せて、横つちよに葱でも植ゑてあるやうな、そんなひどく味氣ない島です。――上陸出來たのが晝近かくで、雨はあがつてゐましたが、風足が速く島へあがるなり宿へ着いてしまひました。
 大島と云へば、椿だの、娘《アンコ》だの、牛だのが連想されて來る程、何となく淡い美しさを心に描いてゐたのですが、來て見ればあとかたなしで、港の元村《もとむら》は、さう大した
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