風景でもありません。
 菊丸の船の中で御一緒になつた、東京灣汽船の林專務の話では、此島をやがては家族連れの遊山地にしたい心組だと云ふ事でありましたが、いゝ意味での遊山地にするには、仲々前途遼遠な事でせう。
 大島と云へば、此頃はすつかり自殺者で有名になつてしまつたのですが、全く埒もない事です。「元村に着いたら煙草一ツも買はないで、波浮《はぶ》へ越してゐらつしやい」と船の中の旅びとに聞いたのですが、かう風が強くては、お山を越して波浮へ出る勇氣もなく、元村で一日休息する事にしました。
 宿は三原館と云ふのですが、通された部屋が行燈部屋みたいで、眠つてゐると猫でも甞めに來さうな陰氣な部屋です。で、仕方がないので、二階の友人の部屋でお晝飯を共にしました。日歸へりのかういふところは、一人旅よりも、四人も五人もの連れで一部屋を占領してくれるのがいいらしく、そはそはして落ちつけないところです。
 晝過ぎ、二階の二人の男の方達と、お山へ登る仕度を始めたのですが、空は曇つたり晴れたりです。
 山路へさしかゝると、さすがに南の島らしく、椿の花盛りですし、山櫻が新らしい綿のやうに咲いてゐました。野生の椿と云
前へ 次へ
全23ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング