れました。珍らしく三杯もお變りして四拾錢。連れの女客連は、草餅を頼んで、火鉢で燒いて食べてゐました。此宿は階下が駄菓子屋で二階が宿屋なのでせう。小學校の先生でも下宿させてゐるのか便所の中に答辭の書き汚しの美濃紙が隨分澤山置いてあつて、偶と短い小説でも書きたくなる程長閑な氣持ちでした。
 厭な雨だつたのも、かうして素朴な宿から見ると、今ではいくら降つてもいゝやうなすがすがしさです。汀に大粒の雨がしぶいてゐるのは、まるで齒にハッカ水が沁みてゐるやうでした。
「お餅の代なぞいりません」と云ふのを、私の晝食代四十錢入れて四人で壹圓置くと、宿の上さんは「アレマア」と氣の毒さうにして送つて出てくれました。
 何度も云ふやうですが、岡田村は勉強でもするにいゝところでせう。歸へりは亦、野生の椿のトンネルをくぐつて、雨の中を元村へ歸りましたが、もう東京へ歸へる船が出てしまつたので、亦元村に一泊です。
 同じ宿に泊るのもつまらないので、勘定を濟ませて、舶着場で宿を探がしてみました。
「どこか風景のいゝ海の見える宿はないでせうか」
 土産物を賣る家で、五錢の牛乳を飮みながら話すと、
「どうもおひとり[#「ひ
前へ 次へ
全23ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング