と云へば、鼻をあかくして大きい聲を張りあげて歌つてくれました。
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お江戸離れて南へ三十里
潮の花咲く椿島
野増村から戀人《こびと》の手紙
ゆかぢやなるまい一とまづは
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歌ひ終ると、「聲が惡るいからね」とけんそん[#「けんそん」に傍点]してゐましたが、澄んだ素朴な聲でした。驢馬を降りて、内輪山への壁をよぢのぼり、紅殼土の針のやうにヂクザクした丘の上へ出ると、四五人の東京の娘らしいのが、遠くの火口をめがけて石を投げてゐました。私は麓の見晴し茶屋で買つた杖をついて、釘のやうに突き出た岩の上を一足一足ふみしめながら、煙が屏風のやうな火口へ行つてみました。
 地の中から吐き出る煙を見て、何だか此まゝ心の變つて行くやうな氣持ちにでもなれば、今の私に大變幸福なのですが、飛び込みたい氣持ちもおこらず、かへつて、こんなところで死ねる人達を不思議に考へる位でした。樹も草も水もない、ロマンチックに云へば、只、雲だけが流れてゐる。ガラガラ土の間から、モクモクと煙が出てゐるきり、全く死にたいとは思ひませぬ。「おゝ厭な事だ」あとがへりすると、暗くなつた崖の下で、林檎を
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