行きます。誰もまだ眠つてゐる時に、呆んやり湯につかつてゐられる、あのひつそりした氣持ちが好きです。悔いなくつかひ果した氣持ちで、大島で修學旅行のやうにあわただしかつた氣持も、此、伊豆の温泉に來てさつぱりしてしまひました。
下田から、東京までの自動車の連絡があつて五圓あまりです。十二三里の山峽を、自動車で走つて行くのですが、風景のいゝのは湯ヶ野から湯ヶ島の間でせう。
修善寺へ這入れば、もう風景とは云へなくなる。温泉宿のつくつた町の姿です。
初夏の頃は素晴らしいと女中が云つてゐました。こゝの女中は大變しとやかでした。大きくても小さくても、宿屋の女中は素朴で口數のあまりたつしやでないのがいゝ。今だに、岡田村の宿屋の上さんのもてなしが、心いつぱいであつた事に、旅人らしい滿足をするのです。ポコポコした疊や、汐つぱい戸障子ながら、岡田村のあの宿へはもういちど行つても惡るくはない氣持ちです。
朝食が濟むと、湯ヶ島の街道を歩いてみました。川端氏の小説にある、伊豆の踊り子のやうな旅藝人が、三味線を肩にして、二三人ポクポク下田の方へ歩いて行きます。十一里の道は、一日には仲々困難な事です。こゝも生椎
前へ
次へ
全23ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング