元気な若者達が
キンキラ光つた肌をさらして
カラヽ カラヽ カラヽ
破れた赤い帆の帆縄を力いつぱい引きしぼると
海水止めの関を喰ひ破つて
朱船は風の唸る海へ出た!

それツ! 旗を振れツ!
○○歌を唄へツ!
朽ちてはゐるが
元気に風をいつぱい孕んだ朱船は
白いしぶき[#「しぶき」に傍点]を蹴つて海へ!
海の只中へ矢のやうに走つて出た。

だが……
オーイ オーイ
寒冷な風の吹く荒神山の上で呼んでゐる
波のやうに元気な叫喚に耳をそばだてよ!
可哀想な女房や子供達が
あんなにも背のびして
空高く空高く呼んでゐるではないか!

遠い潮鳴りの音を聞いたか!
波の怒号するを聞いたか!
…………
山の上の枯木の下に
枯木と一緒に双手を振つてゐる女房子供の目の底には
火の粉のやうにつゝ走つて行く
赤い帆がいつまでも写つてゐたよ。
[#改ページ]

 静心

夜が更けて
遠くで鷄が鳴いてゐる
明日はこれでお米を買ひませう
私は蜜柑箱の机の上で
匂ひやかな子供の物語りを書いたのです
もしこれがお金になつたならば
私の空想は夜更けの白々した電気に消へてしまふのです

私は疲れて指を折つて見ました

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