何千と群れた人間の声を聞いたか!
こゝは内海の静かな造船港だ
貝の蓋を閉じてしまつたやうな
因の島の細い町並に
油で汚れたヅボンや菜つ葉服の旗がひるがへつて
骨と骨で打ち破る工場の門の崩れる音
その音はワアン ワアン
島いつぱいに吠へてゐた。
ド……ドツ ド……ドツ
青いペンキ塗りの通用門が群れた肩に押されると
敏活なカメレオン達は
職工達の血と油で色どられた清算簿をかゝえて
雪夜の狐のやうにヒヨイヒヨイ
ランチへ飛び乗つて行つてしまふ。
表情の歪んだ固い職工達の顔から
怒の涙がほとばしつて
プチプチ音をたてゝゐるではないか
逃げたランチは
投網のやうに拡がつた○○○の船に横切られてしまふとさても
此小さな島の群れた職工達と逃げたランチの間は
只一筋の白い水煙に消されてしまふ。
歯を噛み額を地にすりつけても
空は――
昨日も今日も変りのない
平凡な雲の流れだ
そこで!
頭のもげそうな狂人になつた職工達は
波に呼びかけ海に吠へ
ドツク[#「ドツク」に傍点]の破船の中に渦をまいて雪崩てゐつた。
潮鳴りの音を聞いたか!
遠い波の叫喚を聞いたか!
旗を振れツ!
うんと空高く旗を振れ
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