円よ
あゝ狂人になりそうなの
一月せつせと働いても
海鼠のやうに私の主人はインケンなんです。

煙草を吸ふやうな気持ちで接吻でもしてみたい
恋人なんていらないの

たつた一月でいゝから
平和に白い御飯がたべたいね

わたしの母さんはレウマチで
わたしはチカメだけど
酒は頭に悪いのよ――

五十銭づゝ母さんへ送つてゐたけど
今はその男とも別れて
私は目がまひそうなんです
五十銭と三十五円!
天から降つてこないかなあ――
[#改ページ]

 恋は胸三寸のうち

処女何と遠い思ひ出であらふ……
男の情を知りつくして
この汚らはしい静脈に蛙が泳いでゐる。

こんなに広い原つぱがあるが
貴方は真実の花をどこに咲かせると云ふのです
きまぐれ娘はいつも飛行機を見てゐますよ
真実のない男と女が千万人よつたつて
戦争は当分お休みですわ。

七面鳥と狸!
何だイ! 地球飛んじまえ
真実と真実の火花をやう散らさない男と女は
パンパンとまつぷたつに割れつちまへ!
[#改ページ]

 女王様のおかへり

男とも別れだ!
私の胸で子供達が赤い旗を振る
そんなによろこんでくれるか
もう私はどこへも行かず
皆と旗を振つて暮らさう。

皆そうして飛びだしてくれ!
そうして石を運んでくれ
そして私を胴上げして
石の城の上にのせてくれ。

さあ男とも別れだ泣かないぞ!
しつかり しつかり
旗を振つてくれ
貧乏な女王様のお帰りだ。
[#改ページ]

 生胆取り

※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]の生胆に花火が散つて夜が来た
東西!
東西!
そろそろ男との大詰が近かづいて来た
一刀両断にたちわつた
男の腸に
メダカがピンピン泳いでゐる。

くさい くさい夜だ
誰も居なければ泥棒にはいりますぞ!
私はビンボウ故
男も逃げて行きました
まつくらい頬かむりの夜だ。
[#改ページ]

 一人旅

風が鳴る白い空だ
冬のステキに冷たい海だ
狂人だつてキリキリ舞ひをして
目の覚めさうな大海原だ
四国まで一本筋の航路だ

毛布が二十銭お菓子が十銭
三等客室はくたばかりかけたどぜう鍋のやうに
ものすごいフツトウだ

しぶきだ
雨のやうなしぶきだ
みはるかす白い空を眺め
十一銭在中の財布を握つてゐた。

あゝバツトでも吸ひたい
ウヲオ! と叫んでも
風が吹き消して行くよ
白い大空に
私に酢を呑ませた男の顔が
あんな
前へ 次へ
全14ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング