蒼馬を見たり
蒼馬を見たり
林芙美子

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)ハラ/\
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 自序


あゝ二十五の女心の痛みかな!

細々と海の色透きて見ゆる
黍畑に立ちたり二十五の女は
玉蜀黍よ玉蜀黍!
かくばかり胸の痛むかな
廿五の女は海を眺めて
只呆然となり果てぬ。

一ツ二ツ三ツ四ツ
玉蜀黍の粒々は二十五の女の
侘しくも物ほしげなる片言なり
蒼い海風も
黄いろなる黍畑の風も
黒い土の吐息も
二十五の女心を濡らすかな。

海ぞひの黍畑に
何の願ひぞも
固き葉の颯々と吹き荒れて
二十五の女は
真実命を切りたき思ひなり
真実死にたき思ひなり。

延びあがり延びあがりたる
玉蜀黍は儚なや実が一ツ
こゝまでたどりつきたる
二十五の女の心は
真実男はゐらぬもの
そは悲しくむつかしき玩具ゆゑ
真実世帯に疲れる時
生きやうか死なうか
さても侘しきあきらめかや
真実友はなつかしけれど
一人一人の心故――
黍の葉のみんな気ぜはしい
やけ[#「やけ」に傍点]なそぶりよ
二十五の女心は
一切を捨て走りたき思ひなり
片瞳をつむり
片瞳を開らき
あゝ術もなし
男も欲しや旅もなつかし。

あゝもせやう
かうもせやう
おだまき[#「おだまき」に傍点]の糸つれづれに
二十五の呆然と生き果てし女は
黍畑のあぜくろ[#「あぜくろ」に傍点]に寝ころび
いつそ深くと眠りたき思ひなり。

あゝかくばかり
せんもなき
二十五の女心の迷ひかな。
          ――一九二八、九――
[#改丁]

 目次

 自序

 蒼馬を見たり
蒼馬を見たり
赤いマリ
ランタンの蔭
お釈迦様
帰郷
苦しい唄
疲れた心

 鯛を買ふ
鯛を買ふ
馬鹿を言ひたい
酔醒
恋は胸三寸のうち
女王様のおかへり
生胆取り
一人旅
善魔と悪魔
灰の中の小人
秋のこゝろ
接吻
ロマンチストの言葉
ほがらかなる風景

 いとしのカチユーシヤ
いとしのカチユーシヤ
海の見へない街
情人
雪によせる熱情
酔ひどれ女
乗り出した船だけど
赤いスリツパ

 朱帆は海へ出た
朱帆は
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