方もない――。
私は蜜柑《みかん》箱の机に凭《もた》れて童話のようなものをかき始める。外は雨の音なり。玉川の方で、絶え間なく鉄砲を打つ音がしている。深夜だと云うのに、元気のいい事だ。だが、いつまでこんな虫みたいな生活が続くのだろうか、うつむいて子供の無邪気な物語を書いていると、つい目頭が熱くなって来るのだ。
イビツな男とニンシキフソクの女では、一生たったとて白い御飯が食えそうにもありません。
*
(七月×日)
胸に凍《しみ》るような侘《わび》しさだ。夕方、頭の禿《は》げた男の云う事には、「俺はこれから女郎買いに行くのだが、でもお前さんが好きになったよ、どうだい?」私は白いエプロンをくしゃくしゃに円めて、涙を口にくくんでいた。
「お母アさん! お母アさん!」
何もかも厭になってしまって、二階の女給部屋の隅に寝ころんでいる。鼠が群をなして走っている。暗さが眼に馴れてくると、雑然と風呂敷包みが石塊のように四囲に転がっていて、寝巻や帯が、海草のように壁に乱れていた。煮えくり返るようなそうぞうしい階下の雑音の上に、おばけ[#「おばけ」に傍点]でも出て来そうに、女給部屋
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