ろそろ男との大詰が近づいて来た。
一刀両断に切りつけた男の腸に
メダカがぴんぴん泳いでいる。
臭い臭い夜で
誰も居なけりゃ泥棒にはいりますぞ!
私は貧乏故男も逃げて行きました。
ああ真暗い頬かぶりの夜だよ。
[#ここで字下げ終わり]
土を凝視《みつ》めて歩いていると、しみじみと侘しくなってきて、病犬のように慄《ふる》えて来る。なにくそ! こんな事じゃあいけないね。美しい街の鋪道《ほどう》を今日も私は、私を買ってくれないか、私を売ろう……と野良犬のように彷徨《ほうこう》してみた。引き止めても引き止まらない切れたがるきずな[#「きずな」に傍点]ならばこの男ともあっさり別れてしまうより仕方がない……。窓外の名も知らぬ大樹のたわわに咲きこぼれた白い花には、小さい白い蝶々が群れていて、いい匂いがこぼれて来る。夕方、お月様で光っている縁側に出て男の芝居のせりふ[#「せりふ」に傍点]を聞いていると、少女の日の思い出が、ふっと花の匂いのように横切ってきて、私も大きな声でどっかにいい男はないでしょうかとお月様に呶鳴りたくなってきた。このひとの当り芸は、かつて芸術座の須磨子のやったと云う「剃刀《か
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