たら当分は長生きが出来る。
(ああ浮世は辛うござりまする。)
 こうして寝ているところは円満な御夫婦である。冷たい接吻はまっぴらなのよ。あなたの体臭は、七年も連れそった女房や、若い女優の匂いでいっぱいだ。あなたはそんな女の情慾を抱いて、お勤めに私の首に手を巻いている。
 ああ淫売婦にでもなった方がどんなにか気づかれがなくて、どんなにいいか知れやしない。私は飛びおきると男の枕を蹴《け》ってやった。嘘つきメ! 男は炭団《たどん》のようにコナゴナに崩れていった。ランマンと花の咲き乱れた四月の明るい空よ、地球の外には、颯々《さつさつ》として熱風が吹きこぼれて、オーイオーイと見えないよび声が四月の空に弾《はじ》けている。飛び出してお出でよッ! 誰も知らない処《ところ》で働きましょう。茫々とした霞《かすみ》の中に私は神様の手を見た。真黒い神様の腕を見た。

(四月×日)
[#ここから2字下げ]
一度はきやすめ二度は嘘
三度のよもやにひかされて……
憎らしい私の煩悩《ぼんのう》よ、私は女でございました。やっぱり切ない涙にくれまする。

鶏の生胆《いきぎも》に
花火が散って夜が来た
東西! 東西!

前へ 次へ
全531ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング