このひとにピストルを突きつけたら、この男は鼠のようにキリキリ舞いをしてしまうだろう。お前は高が芝居者じゃないか。インテリゲンチャのたいこもち[#「たいこもち」に傍点]になって、我々同志よもみっともないことである。私はもうあなたにはあいそ[#「あいそ」に傍点]がつきてしまいました。あなたのその黒い鞄《かばん》には、二千円の貯金帳と、恋文が出たがって、両手を差し出していましたよ。
「俺はもうじき食えなくなる。誰かの一座にでもはいればいいけれど……俺には俺の節操があるし。」
 私は男にはとても甘い女です。
 そんな言葉を聞くと、さめざめと涙をこぼして、では街に出て働いてみましょうかと云ってみるのだ。そして私はこの四五日、働く家をみつけに出掛けては、魚の腸《はらわた》のように疲れて帰って来ていたのに……この嘘つき男メ! 私はいつもあなたが用心をして鍵《かぎ》を掛けているその鞄を、昨夜そっと覗《のぞ》いてみたのですよ。二千円の金額は、あなたが我々プロレタリアと言っているほど少くもないではありませんか。私はあんなに美しい涙を流したのが莫迦《ばか》らしくなっていた。二千円と、若い女優があれば、私だっ
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