小遣いは双児美人[#「双児美人」に傍点]の豆本とか、氷|饅頭《まんじゅう》のようなもので消えていた。――間もなく私は小学校へ行くかわりに、須崎町の粟《あわ》おこし工場に、日給二十三銭で通った。その頃、笊《ざる》をさげて買いに行っていた米が、たしか十八銭だったと覚えている。夜は近所の貸本屋から、腕の喜三郎[#「腕の喜三郎」に傍点]や横紙破りの福島正則[#「横紙破りの福島正則」に傍点]、不如帰[#「不如帰」に傍点]、なさぬ仲[#「なさぬ仲」に傍点]、渦巻[#「渦巻」に傍点]などを借りて読んだ。そうした物語の中から何を教ったのだろうか? メデタシ、メデタシの好きな、虫のいい空想と、ヒロイズムとセンチメンタリズムが、海綿のような私の頭をひたしてしまった。私の周囲は朝から晩まで金の話である。私の唯一の理想は、女成金になりたいと云う事だった。雨が何日も降り続いて、父の借りた荷車が雨にさらされると、朝も晩も、かぼちゃ飯で、茶碗を持つのがほんとうに淋しかった。


 この木賃宿には、通称シンケイ(神経)と呼んでいる、坑夫上りの狂人が居て、このひとはダイナマイトで飛ばされて馬鹿になった人だと宿の人が云っ
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